この国に 台湾の隅から隅までを熟知した男がいた(選挙詳報)




著者/小笠原 欣幸      (東京外語大学 准教授)


【歴史的選挙となった。民進党の勢力拡大,国民党の地盤沈下は「地殻変動」であって一時的なスイングではない。民進党が地方で地道に勢力を拡大させてきたのに対し,国民党は地盤,路線,人材,資金のどれをとっても再起が非常に難しい。
 中国国民党中国共産党に対抗し台湾の中華民国を守り発展させてきた。この敗北により国民党は危機感が高まり,今後は中国の豊富な影響力・資金力に頼って台湾の選挙を戦う党へと変化していくのではないか。そうなれば,国民党は消滅するわけではないが,大政党から中政党へと勢力は縮小し,中国共産党の台湾における代理人のような政党として存続していくことになる。国民党の役割は変化し,台湾の政党政治の構造も変わっていく。
 馬政権は2008年以降,台湾重視を強調しつつ中国との関係改善を進める対中政策を進め,一定の成果をあげた。これは台湾社会で高まる「台湾アイデンティティ」と大国化する中国との間で微妙なバランスを意識した路線であった。しかし,馬総統は2期目に入って,自身の歴史的業績作りのため強引に習近平との中台首脳会談に突き進み,微妙なバランスを自分で崩していった。台湾に残されたのは,中国との経済関係を密接にしたにもかかわらず向上しない台湾経済と,狭まった「中華民国」の空間である。
 昨年11月の中台首脳会談がそれを証明した。国際メディアが世界に向け報道した両者の冒頭発言の場面で,馬英九氏が習近平氏に対して語ったのは「一つの中国」だけであって,「自分たちがいう一つの中国とは中華民国である」を意味する「それぞれが述べ合う」という用語を言わなかった。これにより,日本メディアを含む国際メディアは「一つの中国についてそれぞれが述べ合う」という主張(92年コンセンサスの国民党側の解釈)は台湾島内でしか通じない一つの言論にすぎないと見なすであろう。
 これは馬総統の対中政策の最大の失敗である。これでは選挙で国民党が,対中政策で民進党との違いを出そうとしても説得力がない。蒋介石蒋経国から続いてきた中国国民党の歴史的役割は馬英九によって終止符を打たれたのではないか。今後,台湾における中華民国を守る重責は,蔡英文政権が担っていくであろう。
 蔡英文政権の運営は経済も中台関係もいばらの道だ。しかし,民進党は国民党にない力量を持っている。それは「台湾アイデンティティ」を味方につけていることだ。習近平がどう出るか予測できない。しかし,習近平が台湾を締め付ければ台湾の人々はますます中国が嫌いになるであろう。中国はいまこそ台湾の民意を代表する民進党との対話を開始すべきだ。 (2016.1.19記)】






『2016年台湾総統・立法委員選挙コメント』より転載