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【降板】長谷川豊論を語ろう

 

 

 

 

 

 

 

フリーアナウンサーの長谷川豊氏が6日、司会を務めていた『バラいろダンディ』(東京MX)を降板した。週8本のレギュラー番組をもつ「売れっ子」だったが、ともにローカル局テレビ大阪読売テレビにつづく処分で、地上波から姿を消すことに。 発端は、透析患者を誹謗抽象すると受け止められる個人ブログだった。

 


長谷川豊氏については本ブログで槍玉にあげた経緯がある。今年1月、好感度を売りにしていたタレント・ベッキーが、不倫疑惑をスクープされた 一件である。利害関係を有するコメンテーターをのぞき パッシング一辺倒だった当時において、ネットで擁護論を展開した ほぼ唯一の存在が、長谷川豊氏だった。LINEに投稿された男性とのやりとりに着目し、不倫自体を否定した。「それに不倫じゃありません!」とするベッキー側のメッセージ。それをまにうけ、「不倫とは思っていなかったのではないか」と憶測したのである。

 


はて、キャスターを務める人物の思考方法だろうか。当事者が「不倫じゃありません!」と述べていたからといって、そのとおり解釈してしまうのはあまりに粗末だし、次のブログ内容も同様である。それは、「週刊文春の記者がベッキーと男性の長崎旅行を事前に把握していたのは男性の妻(一般女性)が通知したから」とする趣旨だ。不倫疑惑を報じたメディアの「週刊文春」を賞賛してもいるのだが、その見解と相反し、週刊文春は第一報で女性に突撃取材を行なっている。翌週、独占インタビューが掲載されているが、その紙面構成すら「ホテルの一室で」と断じ、メディアとの密な関係を示唆している。

 

だがしかし、当事者であるベッキーの告白によって ブログ内容が嘘偽りであったことが明らかになった。芸能問題なら「見出しコメント」もまあ構わないが、後者(男性が所属するバンドメンバーがタレコミをしたとされる)は一般女性。結果的に、被害者を誹謗抽象したわけだから、やはり、報道にかかわるフリーアナウンサーとして 著しく三流の思考方法だった。

 

 

長谷川豊氏の思考方法は「弱者を叩く」であり、地上波から姿を消す発端となった透析患者を非難するブログにおいても、「弱者を叩く」そのものの傾向がみてとれる。一連の謝罪文を総覧するかぎりにおいて、あくまで「表現のミス」であって俺は頭いい、と考えているはずだ。驚くばかりだが、その謝罪文すら、携わっている番組スタッフが考案したものだと定義しているので、謝罪の意向はなしだ。タイトルの「本音論」が泣いている。

 

たぶんに世間へのレガシーにしたいのだろうが、社会保障費に関するブログ内容が降板の発端でもない。この事実については、騒動で最初にレギュラー番組の降板を発表した、テレビ大阪の出したプレスリリースを読んでいただきたく思う。重く受け止めたのは患者団体が送った抗議文に対する、ブログでの反応だ。本人は「おマヌケな」抗議文に怒り狂い文字を連ねていったのだろうが、肝心要の「原文」が不掲載なのである。抗議文の「原文」がない以上、読者には「長谷川豊氏が患者団体を誹謗抽象」と写ろう。たとえ、抗議文の字面が乱雑な罵詈雑言でも、長谷川豊氏のみが誹謗抽象しているかのような図をネットにつくってしまった、それがミスなのだ。